FC2ブログ

tones official blog

1月の展示のお知らせ

メンバーの展示のお知らせです。
ぜひお越し下さい。

伊藤有子 早苗久美子
グループ展「神津島展」
[会期]2019年1月16 日(水)ー20日(日)
[時間]12:00-19:00(最終日のみ16時)
[会場]NADAR TOKYO
    〒107-0062 東京都港区南青山3-8-5 M385Bldg #12
[詳細]https://g-nadar.net/gallery/190116_kozushima
スポンサーサイト

手がかり

20181224005904302.jpeg


窓辺の手裏剣は、七五三の着付けをボイコットしたときに寝ながら私のほうへ投げてきたもの。

いつかうんと時が経ってから後、「あの日は」と思い出す手がかり。こういう場面を撮っているとき、「写真と出逢えて良かった、今まで撮ってきて良かった」と思う。

「あの日は朝から本当に大変だったんだよ!」って笑いながら話す日を楽しみにしているよ。

12月の展示

メンバーの展示のお知らせです。
ぜひお越し下さい・

八木香保里 個展 「寸志・The Untouchable Gift」
[会期]2018年12月7日(金)-12月19日(水)
[時間]10:00-20:00(木曜休)
[会場]フォトカノン戸越銀座店
    東京都品川区戸越2-3-1
[詳細]http://yagikahori.wixsite.com/photography


伊藤有子 早苗久美子 「展示バカ2018」
[会期]2018年12月12 日(金)ー23日(水)
[時間]12:00-19:00(最終日のみ16時、月火曜休)
[会場]NADAR 東京
    〒107-0062 東京都港区南青山3-8-5 M385Bldg #12
[詳細]https://g-nadar.net/gallery/181212_tenjibaka




わたしの10年

好きではじめた仕事を辞めた年、写真への興味が薄れていった年、少しずつ色んなことを諦めた年、それが10年前でした。

お世話になった写真屋さんが廃業を決め、「これからどうしようかな」と途方に暮れていたときに出会ったのが戸越銀座商店街にあるフォトカノンさん。フジカラープラザからリニューアルして間もない頃、それも同じ10年前のことでした。

カメラを持ち歩くことすらしなくなった私が「展示をしてください」と声を掛けられたのも、同じ10年前。私にとって2008年はとても大きな転換期だったことを、10年後の今、また振り返っています。「いつ何が起こるかなんて、分からないもんだな」と。


20181001005823845.jpeg



出会ってから今もずっとお世話になっているお店は、今年の10月10日でオープン10周年を迎えます。お店のドアを初めて開けてから10年…これからもよろしくお願いします。



公募写真展
フォトカノン戸越銀座店 10周年の10月10日展
2018年9月28日(金) - 10月10日(水)
10:00 - 20:00 木曜休
東京都品川区戸越2-1-3

写真展 公式ホームページ
https://photokanon101010.wixsite.com/main

忘れないこと、忘れてはいけないこと。

000003.jpg


大雨の朝、
いつもと同じ時間に勤務先の最寄駅に到着する
と同時にスマホが受信した緊急ニュースに、
一瞬フリーズした。


1995年3月20日。私は高校3年生で、
卒業式のリハーサルのため登校していた。
三学期は受験でほとんど休んでいたので
久しぶりの登校だった。
終業のホームルームで担任の先生から、
みんな久しぶりに会えて嬉しいだろうけど
丸ノ内線と千代田線でサリンがまかれたらしいので
まっすぐ家に帰るように、と言われた。
世田谷の外れの学校に通っていた私にとって、
自宅のある目黒と学校までの狭い範囲が
世界の全てだったわけで、
丸ノ内線も千代田線もほとんど縁はなく、
親友とご飯を食べて帰ろうと、バスに乗った。
今ほど人のいない二子玉川駅の改札で初めて、
日比谷線にも被害があったことを知った。
父と姉が通勤に使っている路線だった。


父は毎朝7時には家を出るので大丈夫だ。
しかし姉の出勤時間は知らなかった。
SNSどころか携帯電話もない時代。
公衆電話から自宅に電話しても誰も出ない。
もしかしたら母は病院に行っているのではないか。
経験したことのない恐怖が全身を襲ったのを、
今でも覚えている。
親友はすぐに私の様子を悟り、
今日は帰ろう、と言ってくれた。
家に帰っても母はおらず、伝言もなく、
姉の名前がないかテレビをずっと見ていた。
幸いなことに姉は数時間遅れで会社に着き、
無事を確認した母は呑気に出かけていただけだった。


9.11よりも前に起きたこの事件が、
世界ではテロと言われるものであると知ったのは、
数年後に英国留学した時だ。


昨日の報道に違和感を覚えた。
「これで一定の終息」でいいのか、
日本人お得意の、
臭いものに蓋をしているだけでは無いのか。
そもそも、かの宗教団体に
あれだけの人がのめり込んだという事実、
それこそが日本社会の問題では無かったのか。


私は死ぬまで、
3月20日を迎えるたびに思い出すだろう。
身内が殺されたかも知れないと、
恐怖を覚えたあの日を。