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カテゴリー "エッセイ" の記事

横浜御苗場2019

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この度「横浜御苗場2019」に出展し、ジム・キャスパーさんよりレビュアー賞に選んでいただきました。受賞者作品と選出理由はこちらのリンクより御覧ください。 「PHaT PHOTO Webマガジン御苗場2019 受賞者作品&選出理由発表!」 https://phat-ext.com/up-date/32896

…と、ちょうどブログを書く順番がまわってきたところでしたので肩の力を抜いて御報告いたします。

今回は関西御苗場で観てもらった作品の続きや現在も制作継続中の作品など複数のポートフォリオを一度に展示しようと考えテーブルブースを選びました。壁面での展示は慣れているので考えないといけないことも予測できるのですが、テーブルでの展示は今回が初めてでしたので何が何やら分からないところからのスタート。あれこれ準備をして、設営は退出の18時までかけたのに、会期中は毎日レイアウトを替えて試行錯誤の繰り返し。四日目のレイアウトが最終形となりました。

制作は撮影するところから一人作業のことが多く、今回も写真のセレクトや展示のレイアウトなどテーブル上での展開は私ひとりで手掛けました。卓上では作品の要になるイメージを具現化したい強い想いがあり、まずそのイメージを言葉で表そうにもなかなか上手くいかず、結果一人で黙々と考えてはひっくり返す、を繰り返しました。

最後は自分で決めるにしても、今回は他人の助けを借りてしまうと真の理想像には近づけなかったかもしれないな…と振り返っています。自分の作品は自分が一番良く分かっているから、みたいな。着地点はそんな感じ。格好良くしようとすることに拘泥しすぎると自分の伝えたいものが伝わらないようにも感じていました。格好良さや上手さは二の次、正直に言うとどうでもよかった。「最後の最後で整っていればよし」くらいの心持ちでした。だから毎日レイアウトを替えることになったのでしょう。笑い話で済んで良かったです。

使用機材は作品によって異なりますが、フィルムカメラで撮影することが多いので現像やデジタルデータ制作、プリントなどはラボとの二人三脚です。正確には「一人作業」ではないかもしれません。今回もいつもお世話になっているラボへお願いしました。設営日にポートフォリオの確認をしたところ、入ってないといけない写真がなく、プリントの受け取りをすっかり忘れていたことに気づき、閉店後に駆け込むなんてこともありました。展示するたび何かしらやらかすのはいつものことなのです(あかん)。

高校野球風に言いますと、御苗場は四年ぶり二度目。横浜での出展は今回が初めてでした。関西とは異なり、横浜はCP+と会期が重なるためお客さんが沢山…なのですが私のブースは会場入り口から一番遠い場所にありまして、こればかりは私の力ではどうにもできません。会期中は人の頭を遠くから眺めては「こっち来ないかな~」などとのんびり過ごしておりました。

それでもブースまで足を運んでくださり、暗い写真の多い作品も最後までページをめくってくださるお客さんが多くてとても嬉しかったです。四年前の関西御苗場のお客さんやレビュアーの方にも作品のその後を見てもらうことができました。関西は三名からノミネート、受賞なしでした。横浜は五名からノミネート、ジム・キャスパーさんが賞に選んでくださいました。驚きしかなかったです。本当にありがとうございました。

久しぶりの御苗場は準備から想像以上に大変で、写真を撮る余裕はほとんどありませんでした。会期を終えて久しぶりにカメラを持ってみたものの、機材も撮るものもいつもと変わりません。私らしいいつも通りのスタートです。いつかまたどこかで観てもらえたら嬉しいです。
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手がかり

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窓辺の手裏剣は、七五三の着付けをボイコットしたときに寝ながら私のほうへ投げてきたもの。

いつかうんと時が経ってから後、「あの日は」と思い出す手がかり。こういう場面を撮っているとき、「写真と出逢えて良かった、今まで撮ってきて良かった」と思う。

「あの日は朝から本当に大変だったんだよ!」って笑いながら話す日を楽しみにしているよ。

わたしの10年

好きではじめた仕事を辞めた年、写真への興味が薄れていった年、少しずつ色んなことを諦めた年、それが10年前でした。

お世話になった写真屋さんが廃業を決め、「これからどうしようかな」と途方に暮れていたときに出会ったのが戸越銀座商店街にあるフォトカノンさん。フジカラープラザからリニューアルして間もない頃、それも同じ10年前のことでした。

カメラを持ち歩くことすらしなくなった私が「展示をしてください」と声を掛けられたのも、同じ10年前。私にとって2008年はとても大きな転換期だったことを、10年後の今、また振り返っています。「いつ何が起こるかなんて、分からないもんだな」と。


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出会ってから今もずっとお世話になっているお店は、今年の10月10日でオープン10周年を迎えます。お店のドアを初めて開けてから10年…これからもよろしくお願いします。



公募写真展
フォトカノン戸越銀座店 10周年の10月10日展
2018年9月28日(金) - 10月10日(水)
10:00 - 20:00 木曜休
東京都品川区戸越2-1-3

写真展 公式ホームページ
https://photokanon101010.wixsite.com/main

忘れないこと、忘れてはいけないこと。

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大雨の朝、
いつもと同じ時間に勤務先の最寄駅に到着する
と同時にスマホが受信した緊急ニュースに、
一瞬フリーズした。


1995年3月20日。私は高校3年生で、
卒業式のリハーサルのため登校していた。
三学期は受験でほとんど休んでいたので
久しぶりの登校だった。
終業のホームルームで担任の先生から、
みんな久しぶりに会えて嬉しいだろうけど
丸ノ内線と千代田線でサリンがまかれたらしいので
まっすぐ家に帰るように、と言われた。
世田谷の外れの学校に通っていた私にとって、
自宅のある目黒と学校までの狭い範囲が
世界の全てだったわけで、
丸ノ内線も千代田線もほとんど縁はなく、
親友とご飯を食べて帰ろうと、バスに乗った。
今ほど人のいない二子玉川駅の改札で初めて、
日比谷線にも被害があったことを知った。
父と姉が通勤に使っている路線だった。


父は毎朝7時には家を出るので大丈夫だ。
しかし姉の出勤時間は知らなかった。
SNSどころか携帯電話もない時代。
公衆電話から自宅に電話しても誰も出ない。
もしかしたら母は病院に行っているのではないか。
経験したことのない恐怖が全身を襲ったのを、
今でも覚えている。
親友はすぐに私の様子を悟り、
今日は帰ろう、と言ってくれた。
家に帰っても母はおらず、伝言もなく、
姉の名前がないかテレビをずっと見ていた。
幸いなことに姉は数時間遅れで会社に着き、
無事を確認した母は呑気に出かけていただけだった。


9.11よりも前に起きたこの事件が、
世界ではテロと言われるものであると知ったのは、
数年後に英国留学した時だ。


昨日の報道に違和感を覚えた。
「これで一定の終息」でいいのか、
日本人お得意の、
臭いものに蓋をしているだけでは無いのか。
そもそも、かの宗教団体に
あれだけの人がのめり込んだという事実、
それこそが日本社会の問題では無かったのか。


私は死ぬまで、
3月20日を迎えるたびに思い出すだろう。
身内が殺されたかも知れないと、
恐怖を覚えたあの日を。


うつろう

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「今年の春は早くやって来たね」とか
「あっという間に桜が咲いてしまったね」とか
そんなことを話す機会が多い今年、
そろそろ一年の半分が終わります。

「これを撮るぞ」と意気込むことがさほどなく
「ここへ行きたい」と切に願うこともないので
レンズを向けるのは専ら日々の何かしら。
生活の気になる風景を気が向いたときに撮っています。

特別なものや非日常への関心が薄くても
季節が移ろえば写真に写るものにも自然と変化が現れます。
写真はそれを目に見えるかたちで教えてくれますね。

少ない枚数でも、それらを見返していくうちに
自分の視点の偏りが分かってくるのもまた
写真の楽しみ方の一つだ、と考えるようになりました。


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東京は、梅雨に入ったあたりから
本来の季節の落ち着きを少しずつ取り戻しているように思います。
雨が降り、太陽が時折顔を出し、また雨が降る。
その繰り返しの先に待っているのはじりじりと暑い日々。

一年の残り半分、私はどんな風景を撮るのでしょうか。
今年も日本に夏がやってきます。心してかかりますかね。