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2014年10月の記事

見えないものが見えるとき / わたし と 写真

「きれい」や「かわいい」というシンプルな気持ちも、
複雑に入り組んだ感情も、無心でさえも目には見えません。
そんな想いに形を与える方法が、私にとっては「写真」なのだと思います。

故郷に、住み慣れた街に、見知らぬ土地に。
朝も夜も、楽しいときも悲しいときも、いつも。
想いを形にしたい時、それはいつでも唐突に目の前に現れます。

「撮ろう」と体が動くのは、心の動きを見える形にしたいから。
シャッターを押すことは、そんな自分の気持ちに従うこと。
ひねくれ者(!)の私が、唯一素直になる時です。

撮りたいものを撮りたいように撮る。
特別なことはしません。難しいことは何も無い。

自分が選んだやり方で、対話しながら形にしています。
ただそれだけのことです。
単純だけど難しい、それだけのこと。

見えないものが見えるとき、それは
あらゆる「わたし」を拒まずに受け止められたことの証でもあります。
自分と真正面から向き合う瞬間なのかもしれません。


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【わたしと写真】 撮ることと、泣くこと。

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写真を撮ることと泣くことは殆ど同じなのではないか。そんな風に思うことがあります。どちらも、バラバラに壊れてしまった大切なものの破片を集めているような、ごく個人的で感傷的な衝動である一方、どこか淡々とした時間の流れを一歩離れたところから静かに見つめているようでもあります。

どんなに覚えておきたいと願う記憶も次第に滲んでゆくように、日々、過ぎゆく景色。終わっては始まるその繰返しを見つめながら、だからこそ、私は写真を撮っているのかもしれないと思うのです。

(早苗久美子)