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2014年11月の記事

記憶を記録すること/私と写真



私は小さい頃から人見知りで自分とまともに向き合うのが苦手で、何よりも写真に撮られることなんて大嫌いだった。
学校の集合写真くらいしか、昔の自分には出会えない。
だから写真を撮る事なんて以ての外。
そんな私も、数年前に人生を折り返したことを実感し、そろそろ自分とちゃんと向き合って、生きることの意味、大切なものとは何かを考えなければならなくなってきた。

ある日見つけた両親(ふたおや)が残してくれた古い写真、その色褪せた白黒写真を見たとき、切ないような、いたたまれないような、そして懐かしい思いに囚われることに気づいた。
失くした時間がそこにはあるのだ。
忘れてしまっていた自分と出会えた気がしたのだ。

私は自分を見つめるために写真を撮り始め、自分の日常にあるものを片っ端から記録し始めた。
嬉しいことも悲しいこともそこにはあり、残しておきたい物や時間もたくさんある。
そして何より、忘れがたい光があるのだ。
写真の、一瞬の光をとどめておく行為は、これからの私の生きる力になっていく。




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【個展のお知らせ/八木香保里】

八木香保里 個展「ここにあること」

会期:2014年11月11日(火)~11月23日(日)

   12:00 - 19:00 *最終日は16:00まで、月曜休廊

会場:ナダール東京(http://nadar.jp/)

http://nadar.jp/tokyo/schedule/141111.html

あらゆる場所で目にすることの多い草木。撮影の練習に身近な被写体を撮り続けて行くうちに、それを「人」のように感じ、いつしかその擬人化をも通り越してしまいました。植物のありのままの姿に目を向け続けることは、生と死を限りなく学ぶことに繋がるのではないか。撮影地を限定せず、あらゆる場所で撮影をし、私自身の死生観を植物を通して見える形にすることが現在の制作の主軸となっています。

「わたしたちは生きる旅。ここにあること、ただそれだけで」

今回はそのような考えを抱かせるきっかけになった一枚から、現在に至るまでの作品群を展示します。

■作品形態 : カラー 四切 15-20枚 (予定)

※本展覧会は、2014年3月にナダールで開催された準企画展「目指せ個展」にて、個展を目指す参加者10名の中から、お客さまの投票により投票数1位に選ばれ、最優秀賞である個展開催権を獲得して開催するものです。

【個展のお知らせ/植田華菜子】

ナダール大阪 準企画展
植田華菜子展「kanakoten 2~ありがとうのかわりに~」
◉会期:2014年11月4日(火)~ 11月9日(日)
    11:00〜19:00
◉会場:ナダール大阪(http://nadar.jp/)
写真を撮ることも、展示をすることも楽しい。ということを、最初に私に教えてくれたのはナダールでした。大阪ナダールの閉廊が決まり、最後にもう一度個展をやらせてもらえることになって、何をやりたいのか考えたとき出てきたのは、初心に戻って、写真を撮ってそれを展示する事を楽しむ、というとてもシンプルで簡単な事。なので、この展示ではなんの捻りもなく、撮った写真を、ただ壁いっぱいにに展示します。それが私に写真を楽しむことを教えてくれたナダール大阪への感謝の言葉の代わりになればと思います。(植田華菜子)
http://nadar.jp/osaka/schedule/141104.html

存在する意味を問う/わたしと写真

2年前にNADAR TOKYOで「展示バカ展」に参加した際、「私にとって写真展をすることとは?」というお題でアンケートに答えた。その時の回答を振り返ってみると、自分でも引くほどに、真っ黒いドロドロした暗い文章を書いている。

普段は会社員である私は、その前年の人事異動によって起こった複雑な人間関係の中心にいて精神的にかなり参っていた。中学高校を過ごした女子校でも味わったことがなかった(むしろ女しかいない状況であったが故かもしれないが)、嫉妬という名の針の先で傷口を広げられるような行為を受ける日々に逃げ場のない孤独感を味わっていた。会社員という仕事を全うする上で「適当にうまくやり過ごすこと」は時には重要な手段であることはわかる。でも、論理的に説明のつかないことが大の苦手である私には、どうしても受け入れ難かった。

その時にバカ展があって、私はその1点の写真に、悶々とした感情と、負けてたまるかという意思をすべて吐き出した。すっきりした。見る人には説明をしなければ伝わらないことだが、それでよいのだ。感想は見る人の自由なのであって、私が干渉するものではない。大切なことは、自分が納得いくまで作品を突き詰め、その思いを言葉できちんと説明ができるのか、発表をすることに責任を持てるか、ということなのだ。

自分の作品で世の中に何か訴えようとか、そういった大きな目標は、私には正直まったくない。私にとって写真は、究極の自己満足であり、その反面、最も責任を問われる、自分の存在を感じられる唯一の手段である。

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伊藤有子