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存在する意味を問う/わたしと写真

2年前にNADAR TOKYOで「展示バカ展」に参加した際、「私にとって写真展をすることとは?」というお題でアンケートに答えた。その時の回答を振り返ってみると、自分でも引くほどに、真っ黒いドロドロした暗い文章を書いている。

普段は会社員である私は、その前年の人事異動によって起こった複雑な人間関係の中心にいて精神的にかなり参っていた。中学高校を過ごした女子校でも味わったことがなかった(むしろ女しかいない状況であったが故かもしれないが)、嫉妬という名の針の先で傷口を広げられるような行為を受ける日々に逃げ場のない孤独感を味わっていた。会社員という仕事を全うする上で「適当にうまくやり過ごすこと」は時には重要な手段であることはわかる。でも、論理的に説明のつかないことが大の苦手である私には、どうしても受け入れ難かった。

その時にバカ展があって、私はその1点の写真に、悶々とした感情と、負けてたまるかという意思をすべて吐き出した。すっきりした。見る人には説明をしなければ伝わらないことだが、それでよいのだ。感想は見る人の自由なのであって、私が干渉するものではない。大切なことは、自分が納得いくまで作品を突き詰め、その思いを言葉できちんと説明ができるのか、発表をすることに責任を持てるか、ということなのだ。

自分の作品で世の中に何か訴えようとか、そういった大きな目標は、私には正直まったくない。私にとって写真は、究極の自己満足であり、その反面、最も責任を問われる、自分の存在を感じられる唯一の手段である。

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伊藤有子

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