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カテゴリー "町田真弓" の記事

境界線


過去と未来の境界線が「いま」なのか。
容赦なく過ぎる時間を茫然と見つめながら、写真を撮るということが、未来の自分への叱咤激励になっているんだと思えるといいな、としみじみしている。

呼吸をするように



呼吸をするように、写真が撮れたらいいと思う。
大好きな写真集を見る度にそう思うのだけれどなかなかうまくいかない。


気になる(なった)写真展:
 山谷佑介「RAMA RAMA DING DONG」江東区東雲Yuka Tsuruno Gallery 2015.11.21~12.19
   自身の新婚旅行を辿った写真で、全てモノクロ。モノクロ写真にありがちな暗さを感じない不思議な位の軽やかな展示だった。
 
 青木陽「Inverted Spectrum」中央区銀座Gardian Garden 2016.2.9~2.26
   自身の生活風景を中心に撮ったものだが、不思議なほど乾いた印象。なのに意識の片隅から離れないものが在ると思う。第12回写真「1_WALL」グランプリ受賞。

残像



自分を追いかける夏。
見つかったのか?
気付いたら残像だけだったら、ちょっと悲しいけれど。

執着?

21.jpg

自分の心を思い切り世界に向かって開く。
そして、見つめ続ける。
考え続ける。
自分はどう思うのか、どう思いたいのか。

自分なりの、自分だけの見方が見つかるだろうか。
ファインダーを通ってきたものが本当の自分であると思えるだろうか。

わからないけど、これは写真への執着なのか?

母の記憶

駅

ことすら声を挙げて言うほどの事もなく。
母の写真を持ち歩いています。
1枚はごく最近の物。
そしてもう1枚は彼女の若い頃のもの。

母と私は決して仲のいい親子ではなかったと、私は思っています。
でも母と娘。
彼女が居ない今、痛いほど彼女と似ている自分を感じています。

若い頃の写真はモノクロです。
誰が撮ったのか不明。
でも素敵な1枚。
私にとっては宝物の1枚。
・・・そして、ごく最近の写真は彼女の生きた証の1枚。

なんだろうな、親子って。
まだまだわかりません。
でも母と娘はどこか通じ合っているんだと思うのです。

(最近昔の写真を引っ張り出して時々見ているのです。)